こたちの読書ブログ

19世紀英国文学好きの読書記録

W・コリンズ傑作選5『ノー・ネーム』|結婚詐欺に失敗した娘は場末の宿で……

ウィルキー・コリンズ傑作選Vol.5

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『ノー・ネーム』上・中・下のうちの下巻の感想を綴ります。

 中巻の感想はコチラ↓

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『ノー・ネーム』(下)あらすじ

 父の遺産を取り戻すため、偽名を名乗り断腸の思いでノエル・ヴァンストンと結婚したマグダレン。彼女は昔を懐かしむため夫をひとり屋敷に残し、ロンドンへと遊びに出かけていた。この行動が彼女の命取りとなった。召使い頭のレカウント夫人がマグダレンの企みに気づき、大急ぎで屋敷に戻ってきたのである。

 レカウント夫人の口から真相を聞かされた小心者のノエルは「妻に殺される」と震え上がってしまう。夫人は冷静に遺書の書き換えを助言した。ノエルは助言に従い、遺産相続人を伯父のバートラム少将に(少将が亡くなった場合は甥のジョージに)書き換えてしまった。その遺書は巧妙に仕組まれていて、事情を知らないマグダレンに1ペニーの遺産も渡らぬことは確実だった。遺書を書き上げた直後、ノエルは亡くなってしまう。

 遺産相続人がバートラム少将であることをどうにか突き止めたマグダレンは屋敷の小間使いとして潜入を試みる。彼女はたいした手がかりを得られないまま、屋敷を追い出されたあとに消息を断つ。

 マグダレンは頼る者もおらず、ロンドンの場末の宿で生死の境をさまよっていた。いよいよ慈善病院に運ばれようとしたその時、救済者が現れた。彼女が以前バイグレイヴ嬢という偽名を名乗っていた頃に一度だけ出会った男、カーク船長である。カーク船長は彼女の宿代を肩代わりし、医者と看護師まで呼んでくれた。マグダレンは意識朦朧としながら思った。「なぜだった一度顔を合わせただけの女にここまで尽くしてくれるのだろう?」

 なんの因果か、バートラム少将の甥ジョージはマグダレンの姉ノラとすでに親密な仲になっていた。そして遺産相続の件は新たな展開を見せる。少将が病死し、相続権が甥のジョージに渡っていたのだ……

ウィルキー・コリンズ傑作選〈5〉ノー・ネーム(下)

ウィルキー・コリンズ傑作選〈5〉ノー・ネーム(下)

『ノー・ネーム』(下)感想

小説の形式について

『ノー・ネーム』は手紙形式の文章が多用されている小説でした。電報が発明される前の時代なので、遠方の相手に確実に連絡する手段は手紙のみ(新聞広告欄に個人的な伝達を載せる描写も作中にはありました)。手紙が郵便馬車で配達されるタイムラグを利用した企みがかなり面白いです。

 手紙の返事がほしいけれど相手に住所を知られたくない場合、返送先は「郵便局宛て」にしておくという手段。実際できたかどうかは分かりませんが面白い発想ですね。

『ノー・ネーム』に限った話ではないかもしれませんが、セリフをカギ括弧でくくらず地の文がそのまま登場人物のセリフになっていたりします。一人称小説ならともかく三人称小説でこれをやられると混乱しますね。現代だと人称の定まらない小説は厳しい評価がなされることがありますが、この時代は特に気にしなかったみたいですね。内容が面白ければいいんです。

ハッピーエンドと教訓

 19世紀当時の評価は「周りに散々迷惑をかけておきながら何の罰も受けずに“愛する人と幸せに暮らしましたとさ”で終わるのはおかしい」というもの。悪いこと(主人公からすれば正義の行いですが)をすれば必ず報いを受けるという教訓めいた小説が好まれていたんでしょうか。

 遺産相続するはずだった男性陣がことごとく亡くなってしまう展開、シナリオの都合とはいえ4人目の犠牲者になるといよいよ笑ってしまいます。マグダレンが関わらなければ4人は死ぬことはなかったかもしれない。けれども彼女が関わらなければ姉とジョージが出会う機会もなかった。まさに雨降って地固まるというお話。

「現代の価値観だと、逆境にも負けずしたたかに生きるマグダレンが最終的に“愛する人と結婚する”というありきたりな選択をしたことに違和感をもつ読者も多いのではないか」と解説者は綴っています。個人的には“19世紀の価値観に則って読む”を実践しているので違和感はとくにありませんでした。

まとめ

 上・中・下巻止まることなく読み進められました。しいて言うなら上巻の序盤が少し退屈かもしれません。でもその序盤で起こった出来事も無駄な描写ではないんですよね。マグダレンの演技の才能が開花する伏線がなければ、中巻・下巻で巻き起こる変装&潜入の描写がかなり唐突になってしまいます。

 元弁護士のコリンズからは学ぶことが多いです。弁護士の知識を駆使して書かれた小説は当時の法律を浮き彫りにしてくれます。『ノー・ネーム』には現実離れした濃いキャラが複数人登場しますが、法の知識で裏打ちされた物語の構成は間違いなく現実味を帯びていると感じました。