こたちの読書ブログ

19世紀英国文学好きの読書記録

ヘンリー六世|英国視点の百年戦争&薔薇戦争の勃発、激化までを描く三部作

シェイクスピアを人気劇作家へと導いた超大作『ヘンリー六世』

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 とても分厚い戯曲。予備知識ほぼゼロの状態で歴史劇を読むのは大変でした。

第一部、百年戦争の終息

ヘンリー六世 シェイクスピア全集 19 (ちくま文庫 し 10-19)

ヘンリー六世 シェイクスピア全集 19 (ちくま文庫 し 10-19)

 最初は登場人物を把握するのに必死でした。でも第二部、三部と続くうちに「人物名は記号。ストーリー構成が理解できていればOK」という考え方に切り替えることに。

 ジャンヌ・ダルクの悪女ぶりはとくに印象に残っています。

 この呪いが置き土産だ、輝かしい太陽もお前たちが住む国には決して光をそそがず、暗黒と、陰鬱な死の影がお前たちを包み、遂には災いと絶望に駆り立てられ、お前たちは自ら首をくくるだろう!

(ちくま文庫『ヘンリー六世』第一部、第五幕第四場|w・シェイクスピア著、松岡和子訳)

 相手を呪いながらもこの美しい言い回しは翻訳のなせる技だと思います。原文はもっと美しいんだろうな。この引用以上に、人道的にアレな台詞がたくさん出てきます。

 あくまでイングランド側から見たジャンヌ・ダルクは『魔女』という解釈のようです。貞操観念を持った乙女として出てきたのかと思いきや、強い言葉で相手を呪ったり卑猥な言葉を放ったり……。ジャンヌを聖人として扱っているフランスの人たちは『ヘンリー六世』の戯曲なり公演なりを目にしてどう思ったんだろう。

 第一部でジャンヌ・ダルク以外に印象に残った人物といえばトールボット親子です。

 息子に生き延びて家系を存続させてほしいと願う父トールボットと、父を見捨ててまで生き延びるのは恥だと言って聞かない息子ジョン。ここの言い争いが涙を誘う。結局トールボットは息子の意見を尊重し、親子ともに戦って死ぬことを選びます。(個人的には)第一部のもっとも心が熱くなるシーンです。

 百年戦争の詳細についてはこちらの方の記事をどうぞ↓

bushoojapan.com

第二部、予言と反乱

 いきなりジャック・ケイドという人物が現れて反乱を企て始めたので、これがどうやって本筋に関係してくるんだろうと疑問に思ったのでちょっと調べました↓

ja.wikipedia.org

 シェイクスピアの創作キャラかと思っていたら実在の人物でした(ごめんなさい19世紀以外の英国史には疎いです)。王侯貴族しか出てこない劇よりこういう「庶民代表」のキャラが暴れまわってるの、けっこう好きです。

 いっぽう王宮では、怪しい降霊術をもちいてヘンリー六世の臣下の死を《予言》します。シェイクスピアがあくまで《予言》の形式をとったのは《呪う》行為が執筆当時(エリザベス朝)は禁止されていたから。

 本書の注釈にはとくに書かれていませんでしたが、同シリーズのシェイクスピア全集を読んでいるとそういった補足があります。執筆当時の価値観、聖書やギリシャ&ローマ神話に関する注釈がさくさん書いてあるちくま文庫のシリーズ、おすすめです。

第三部、白バラのヨーク VS 紅バラのランカスター

 ヨーク派だったウォリック、新王エドワードに恥をかかされランカスター派に転向。エドワードの弟ジョージも一緒に寝返るかと思いきやウォリックに紅バラを投げつけてヨークに戻る。

 ヘンリー六世の息子をヨーク三兄弟が寄ってたかって刺し殺すシーンが無慈悲すぎて。父親のヨーク公爵が晒し首にされた意趣返しでもあるのでしょうけど……。

『ヘンリー六世』に『リチャード三世』を加えることで四部作が完結します。今回紹介した『ヘンリー六世』より短いですし、勧善懲悪でとても分かりやすいストーリーだと思います↓

シェイクスピア全集 (7) リチャード三世 (ちくま文庫)

シェイクスピア全集 (7) リチャード三世 (ちくま文庫)

 シェイクスピアの歴史劇は演劇として楽しめるよう、史実をかなり改変しています。すべての時代小説にも言えることですが、史実をそのまま書き連ねても面白いストーリーは作れませんよね。

 本書きっかけで『百年戦争』と『薔薇戦争』をもっと調べてみたくなりました。読書のおかげで興味の範囲がどんどん広がっていくのが楽しいですね。

まとめ

 どうにもタイトルロールの影が薄いように感じました。周囲の人間のキャラが濃いせいでしょうか。侮辱されたら倍返しと言わんばかりに罵詈雑言の嵐ですからね。ヘンリー自身が罵倒するシーンも少しありましたが他の人物と比べたらかわいいものです。

 シェイクスピアが描くヘンリー六世は優しいというより流されやすい人物と捉えたほうがよさそう。争いを好まず平和を望んでいる。怒りより嘆くシーンが多いのも頷けます。劇中でも「ヘンリーは聖職者に向いている」と言われたり、彼がロンドン塔で過ごしたときも祈祷書を読書代わりにしていたりします。

 あくまで戯曲の中でのみの人物評になりますが、戦乱の世を治める才覚が彼にはなかったと言えます。陰謀を逃れるための人脈を作っておくとか、不穏分子を先に潰しておくとか。そんなことは到底できなさそう。彼は生まれる時代を間違えてしまった。

 ああ、神よ、我が罪を許したまえ、お前も許されますよう。

(ちくま文庫『ヘンリー六世』第三部、第五幕第六場|w・シェイクスピア著、松岡和子訳)

 死に際、自分を刺したリチャードを呪いながらも最期にはこう言い残してこの世を去ります。そして陰謀渦巻く『リチャード三世』へと物語は続く。

 戯曲は当然ながら台詞とト書きだけなので、まさに「行間を読む」工夫が必要です。600ページ近い本を台詞だけ読む作業は大変でした。それでも台詞でキャラ付けがされているように聞こえるから翻訳ってすごいなあと。